皆様はセルロースナノファイバー(CNF)という言葉を聞いたことはありますでしょうか?東京大学の磯貝教授や京都大学の矢野教授らのグループによって、CNFの作り方が世界に先駆けて開発された事で、研究開発の波が広がり、平成26年に内閣府が発表した成長戦略にもCNFの研究開発促進が明記される等、注目を集めている日本発の新素材です。現在、国内だけでなく海外の製紙会社もこぞって研究開発をしています。
製紙産業は、木材チップからパルプを抽出し、紙を抄き、紙製品を製造していますが、木材チップという木質バイオマスを有効活用したバイオマス産業の成功例であると共に、パルプというセルロース系材料の高次構造を活かした産業です。近年、デジタル化や少子化による人口減など社会の構造的な要因によって、紙の消費量が落ちており、製紙業界では新しいセルロース活用産業を創出する必要に迫られていました。そこで、紙と同じ原料から作ることができる新素材CNFに白羽の矢が立ちました。
CNFは、髪の毛の1/1000~1/30000程度の幅を有する極微細なセルロース繊維(図1)で、多くの機能を有する植物バイオマス由来の新素材です。例えば、髪の毛の断面を四国中央市の大きさまで引き延ばしたとすると、CNFの幅はおおよそ車1台の幅に相当します。CNFの水分散体は保水性や粘性に富む上、チキソトロピー性を有しており、塗料類や化粧品類、食品類分野で既に製品化されています。一方、CNFの乾燥体においても、鋼鉄の1/5の軽さで、その5倍の強度を有するといわれ、弾性率-200ºCから+200ºCの範囲でほぼ一定しているなど、多くの優れた特性を有し、軽くて強い産業資材として自動車部品などへの用途開発が進んでいます。四国中央市内の大手製紙会社でも、公道を走行するレーシングカーや観光バスにCNF資材を提供する等、既に車体の一部としてCNFが利用され始めています(因みにこのCNF資材の開発には、本センターも関わっています)。さらに、CNFは光合成によって炭酸ガスを固定する事で再生産可能であり、リサイクルも可能で、生分解性も有する事から、製造から利用、廃棄に至るまで環境への負荷が小さいカーボンニュートラルな材料です。
愛媛大学 紙産業イノベーションセンターでは、日本一の「紙のまち」である四国中央市を拠点として、製紙やCNFに関する教育・研究を行っています。CNFについては、本センター設立前の2012年から県内でもいち早く研究に着手し、CNFの製造技術や用途開発を推進すると共に、地元企業との共同研究を通じて社会への還元を試みてきました。現在では、四国中央市に拠点を置く複数の企業から、それぞれ独自のCNFが製造・販売されておりますが、国内外を見渡しても、このような地域は他にありません。弊センターは、四国中央市に拠点を置くいずれのCNF製造企業とも、開発の立ち上げ段階から共同研究や技術協力を行い、共に歩んで参りました。
現在、本センターでは、”電子機器を使用せずに検査が可能なCNFを使ったバイオチップ開発”や、”抄紙技術を応用したCNFの連続脱水濃縮およびシート化技術の開発”、”愛媛県の特産品である柑橘類の果皮(みかんの皮)を原料にしたCNFの調製と応用”などに取り組んでおり、地域の企業との共同研究を通じて、一部は実用化に至った例もあります。